少年時代、やきもの、というものに取り憑かれてから、
週末にギャラリーやデパートへ出かけて行き、
(そういえば、その90年代当時は、今のようにクラフトフェアなどは一般化していなかったように思う…)
いろいろな展覧会を観るのがなによりの楽しみだった。
『唐九郎のやきもの教室』を読んで感化された”茶陶少年”だったわたしが、
通いつめたギャラリーがある。
渋谷の駅から少し歩いたビルの地下にその店はあった。
小学生の子供がひとりで入るには、あまりにも敷居の高いお店だったが、
お店の人は嫌な顔ひとつせず、むしろ変わった子供を面白がって、
作品を見せくれ、直接触らせてくれた。
わたしは毎週のように通った。岡部嶺男、八木一夫、各務周海、堀一郎、中川自然坊…
そこで出会った作品群から、わたしはいったいどれだけの影響を受けてきたのだろう。
中学校をズル休みして初日に観に行った、故周海氏の個展は今でも深く記憶に焼きついている。
それらの作品を買えるはずもない子供だったにも関わらず、
お店の方には、ほんとうに可愛がって頂いた。
今から考えれば冷や汗ものだが、自作を持って行って見て頂いたりもした。
いつか自分もこのお店に並ぶような作品を作りたい。
子供心に抱いた、夢だった。
しかし、時は流れ、高校生になったわたしの興味の対象は、
急速にやきものとは別のものへと移ってしまった。
その店へ訪ねる事も最早、無くなってしまっていた。
あれから15年近くが経ち、20代も半ばを過ぎて、わたしは再びやきものをはじめた。
大人になって考えれば、子供の頃、怖いもの知らずで通っていたあのお店が、雲の上のような存在に思えた。
それでもお世話になったあの時の恩義は、わたしの脳裏から離れないでいた。
いつか作品を見て頂き、あのお店に並べて頂ける事ができたなら。
そう心の中で思い続けて来た。
そして、今年、
ご縁を頂き、そのお店で作品を扱って頂く事になった。
予想だにしない急展開だったが、あの日の夢はたしかに現実になったのだった。
東京を出て、もう一度やきものを志し、六年の歳月が経っていた。
いい話ですね。映画になりそう。明日寄れたら行ってきます。
なべが好き様
コメントありがとうございます。返信遅くなり申し訳ありません。
少しづつですが東京での活動も展開していけたらと思っております。