鈴木都陶展@名古屋・名美アートフェア

告知が遅くなりました。
今週末より三日間開かれる名美アートフェア。
伊藤美術店のブースにて、鈴木都陶展を開催いたします。

陶展といっても作品数は少なめで、ミニ個展という感じですが、
茶盌、酒器を中心に厳選して展観いたします。
初日金曜日在廊予定です。
名古屋近郊の方、どうぞよろしくお願い致します。

会場 名古屋美術倶楽部 2F-19 伊藤美術店ブース

名古屋市中区栄3-12-13
電話 052-241-4356

会期 2019年
 6月28日(金) 午前10時~午後6時
   29日(土) 午前10時~午後6時
   30日(日) 午前10時~午後5時

美濃桃山陶六人展@多治見・うつわ邸

地元東濃、多治見にてグループ展に参加します。

惹句にある”新元号を担う、正統派桃山陶”という形容とは、あまりにかけ離れた存在だと自認しておりますが、自分なりの作品で参戦いたします。ご高覧いただければ幸いです。

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新元号を担う、正統派桃山陶。

慶長(1596 – 1615)を中心に花開いた桃山陶は、江戸時代の新元号元和以降昭和に到るまで、途絶えてしまいます。荒川豊蔵をはじめ昭和の陶工が、残された作品や陶片から復刻された昭和の桃山陶の技術は、平成に受け継がれ、現代的な要素を取り込んだ新しい作品も多く生まれました。
時代は変わり、平成から新しい元号が始まる今、慶長の陶工が残した桃山陶に真正面から挑む瀬戸美濃の精鋭六人が集結します。新元号の桃山陶を、どうぞご高覧ください。

加藤亮太郎/鈴木都/鈴木伸治/寺田鉄平/西岡悠/山口真人(50音順)【展示会概要】

改元桃山元年『美濃桃山陶六人展』

会期:2019年04月27日(土)~2019年06月02日(日)

場所:織部 うつわ邸

〒507-0847  岐阜県多治見市小路町3番2(織部ストリート) 

営業時間:10:00~17:30




キブシ帰る

ひさびさの暖かい寝床で丸くなるキブシ

一昨日の夕方、作ったチラシを支所においてもらい、
郷ノ木と繋がっていそうな、曽木公園の裏手の道を搜索してから、家に戻ると、
奥でキブシの声がする!

今度はまぼろしではなかった。

六日ぶりの再会。よくぞ帰ってきてくれた。
少し痩せて、足は泥だらけ。だいぶ弱ってはいたが、
食欲もあり、餌をあげるとすぐに平らげた。
何しろ一週間近く飲まず食わずだったのだ。
水もモグの分まで飲み干した。

その後、すぐに瑞浪の動物病院へ駆け込み、診てもらった。
尻尾を何かに噛まれたようで大きく傷を負っていた。
どこかのオス猫と決闘したのか、はたまた野生動物に襲われたのか。。
しばらく服薬と静養が必要とのこと。注意深く様子を見ないとならないようだ。
エリザベスカラーをつけてもらい、薬をもらって帰る。

傷は痛々しいが、ひとまずは生きていてくれて本当に良かった。

完全室内飼いが猫飼いの常識とされるこの時代、
外出自由という選択は、飼い主のエゴイズムとの誹りを免れない。
しかし、一生、狭い室内に閉じ込めることが、果たして猫の幸せと言えるだろうか?

そう思って、我が家ではずっと猫の自由に任せてきた。

だが、こうして飼い猫が大きな怪我を負って帰ってくると、その責任を感じて、気持ちも少し揺らいでしまう。

彼らにとって幸福とは何か?
とても難しい問題だ。



霰降る

昨夜は三時に寝たが五時に目がさめた。髪の毛の様なかすかな声でノラがニャアと云った様に思はれた。空耳かと思ひながら耳を澄ましてゐると、もう一声同じ声で鳴いた様な気がしたので起き出して、勝手口を開けて見た。もう夜が明けた所で、そこいらに灰色の陰はあるけれど、どこ迄も見えるがノラはゐない。それから寝られず。

内田百閒 『ノラや』

       

霰降る荒天、キブシは今日も帰らない。
どこでどうしているのやら。
時折どこかでかすかに鳴いた様な気がするのは、
まさにノラを待ちわびる内田百閒先生の心持ちである。

ひさびさに『ノラや』を読み返してみて驚いた。
百閒の日記によればノラが失踪したのは、
3月27日の水曜日。
キブシが消えたその日と、曜日までもが奇妙に一致していた。

春先は行方不明の猫が増えるという。

どうか無事でいてくれることを祈る。

昨日は雨の中、郷ノ木から蘭仙まで、チラシを配って廻った。
誰かが、見かけてくれるといいけれど。





キブシが消えた

一昨日の夜からずっと、茶トラのキブシが帰ってこない。
いったい、どこへ行ってしまったのだろう。
今日も裏山に入ったりして随分と探したのだが、全く気配がない。

モグサに比べて臆病で、人見知り。
いつも敷地内や屋根の上をウロウロする程度で、
家から離れることが無かった猫なので、
何かの拍子に遠くで道に迷ってしまったら、
自力で戻ってこれないかもしれない。

むかし、実家で飼っていた猫は、姿をくらましたまま戻らなかった。

心配だ。。


地獄のレンガ運び-完結編-

なんども降ろしたり吊り上げたりしていたレンガは、振動の影響で、
梱包のフィルムが伸び、荷崩れの危険が増していた。
念の為新たにストレッチフィルムをしっかり巻き直してから、
吊り上げの動作に移る。

トラックの下でリモコン操作は西岡さん。
荷台には松浦くんとわたしの二人で乗る。

アームが上へと伸びてパレットが勢いよく頭上に吊り上がった。

と、その瞬間、少しパレットが揺らぐ。
ほんの少しに思えたその揺れは、みるみるうちにに大きくなり、
振り子のごとく左右に暴走し始めたのだ。

ヤバい!!!!

振り子と化したパレットに合わせ、
ぐわんぐわんと車体が揺れ始めた!
(なんと、支えとなるはずの左右のブームを出すのを忘れていたのだ。。)

とにかく、荷台から降りて、後方に避難し、意味もなく車体を抑えて支えてみる(全く無意味だったのだが。。)。自分でも一体何をしているのかわからないくらいに混乱していた。

ほんとうにこれで終わったな、と思った(本日三回目)。

レンガパレット2tの振り子は、横転一歩手前まで車体を揺らしたが、
運が良かったのか、またまた間一髪のところで、
揺れは、どうにかこうにかおさまった。

助かった。。

この揺れの瞬間が、今回の数ある恐怖の中でも最も肝を冷やした場面だった。
もしも、そのまま振り子につられて横転していたら。
もしも、あの時フィルムを巻き直さず、パレットが頭上で荷崩れを起こしていたら。
いろいろと思い返すだけでも、冷や汗が出てきてしまう。
(こんな状況下でも振り子の揺れをどうにか抑えようと、リモコンで荷の振り方向と逆方向に力を加える操作を加えていたという、西岡さんの冷静さには驚いたが。。)

その後なんとか山岡まで1パレットを運びきり、
作業を終えた時には、もうすっかり夜も更けていた。
家に帰り着いても、神経の高ぶりがなかなかおさまらなかった。

当然、当日中にトラック返却はできず、翌日に持ち越しに。
明朝、残りの2パレットを山岡まで運び、
危険に満ちた地獄のレンガ運びはようやく終わりを告げた。

一歩間違えば本当に命を失いかねない危険さだった。
そもそも、我が家のような傾斜地で、地盤も悪く
十分なスペースが確保できないところで、
ユニック作業はするべきではなかったのかもしれない。

ちょっとお手伝いを頼むつもりが、
こんな危険な目に遭わせてしまった上、遅くまで付き合ってくれた
松浦くんには本当に申し訳なく、ただただ感謝するばかりである。

いろいろな反省とともに、
この地で窯を作ることの困難さを改めて実感したのだった。

さて、運搬はこれで終わりでは無い。このレンガを全て、
手運びで軽トラに積んで、上の段々畑まで運ばねばならない。
一体、何往復しないとならないのか。
これから少しづつやっていくしかない。

-完-










地獄のレンガ運び③

程無くしてOさんが、ユニック車で駆けつけてくれた。

あたりは既に真っ暗で、ヘッドライトで照らしながらの作業となる。
この危険な状況をもろともせず、
すぐにユニックでトラック後部を吊り上げると同時に、
脱輪したトラックの運転操作にも的確な指示を出してくれ、
あっという間に脱出に成功。
まさにプロの技と言える手際の良さだった。
その上、本来、山岡に降ろさねばならない、
畑に仮置きしたパレットを、
再びトラックに積み込むところまでやっていただいた。

万策尽きて途方に暮れていた我々にとって、
まさに救世主の登場だった。
トラックのヘッドライトに照らされて、颯爽と作業するOさんは、
さながら後光が差しているかのように思えた。

ありがたや。

実を言うと昨年も、薪を満載にした軽トラが、
溝にはまってしまい立ち往生したことがあった。
その時に助けていただいたのもOさんだった。
本当に感謝してもしきれないほど。
お世話になりっぱなしである。
(窯の整地作業もお願いします。。)

さて、Oさんがお帰りになった後、
三人で作業を続行する。

運転時、カーブでの遠心力を減らすために、
荷台後部ギリギリに積んでもらったパレットを、
前方へずらして積み直す必要があった。
ユニックの転回も少しで済む、
それほど難しい作業では無いように思えた。

脱出の成功で、安堵の雰囲気が漂う中、
その時点では、誰も予想できなかった。

三たび、あのような悪夢が訪れようとは。

-つづく-





地獄のレンガ運び②

手降ろし作業でヘトヘトになりながらも、時間を挽回すべく、
昼飯も食べず運搬を続ける。
ひとまず第二便で2パレット分を山岡の西岡家に下ろし終えた。(ここは平地のため随分スムーズに降ろせた。)

ここでSOS。西岡さんの弟弟子にあたる松浦君に連絡し、急遽手運びを手伝ってもらうことに(大変申し訳なかったです。。)。
第三便で再び2パレット分を我が家に運び終えた後、
第四便は一つは郷ノ木に降ろし、もう1パレットは山岡に運ぶ予定だった。
が、またしてもここ郷ノ木で悲劇が起こってしまった。

二パレット積んだトラックが、降ろす位置の調整でバックした時、
なんと後輪が溝にはまってしまったのだ。。

ブロックやら丸太やらをタイヤに挟みどうにか脱出を試みるも、後輪はぬかるみを虚しく空転するばかりで、微動だにしない。

ひとまず荷物を降ろして軽くしようとのことで、急遽、
お隣りの畑にユニックでレンガを下ろさせてもらうことに。

どうにか荷物を下ろすには下ろせたが、
その際にまたまたトラックが傾くわ、その拍子でバンパーが石積みにぶつかって
ひん曲がるわ。パレットは荷崩れ仕掛けるわで、まさに踏んだり蹴ったりの状態。
結局、重い荷物を降ろしても溝からは脱け出せなかった。
事態は文字通り泥沼化の様相を呈してきた。

折しも夕陽は傾き、あたりはすでに暗くなりつつあった。
万事休す。三人で、途方に暮れる。

自力での脱出は諦めることとし、ロードサービスを頼む案も出たが、
ダメ元で近所の土建屋さん、Oさんに救助要請の電話をかける。
ひとまずユニック車で来てくれるとの返事。

ありがたい!

-つづく-









企画展@名古屋・北岡技芳堂

名古屋市大須のギャラリー北岡技芳堂にて企画展に参加いたします。

今展のテーマは、”戦国”とのこと。
といってわたしはこの時代、
為政者たちの戦いの歴史に明るいわけではない。
このテーマを如何に反映させるか、考えあぐねた末に浮かんだ苦肉の策は、
古戦場となった長久手方面に原料を求め、作品とすることだった。

長久手は瀬戸から地続きで、瀬戸層群と呼ばれる粘土層が存在している。
そこいら中が掘れば粘土のはずだ。
彼の地を駆け回り、ようやく一握の土塊を持ち帰る。
土味はなかなかよい。
行き当たりばったりのわりには好みの土にあたったものだ。

窯から出したこれらの作品は、
”長湫唐津”と、”長湫井戸”、としました。
ご高覧いただければ幸いです。

戦国陶芸展

2 0 1 9 年3 月1 6 日[土] ~ 3 月23日[土]

営業時間 10:00 ~18:00 / 会期中無休 ( 最終日は16 時まで)

大西 雅文

澤 克典

清水 万佐年

須賀 文子

鈴木 都

鈴木 大弓

鈴木 義宣

谷本 貴

寺田 鉄平

西岡 悠

福島 一紘

山口 真人

渡辺 敏史

※ 五十音順

【会場】
ギャラリー北岡技芳堂
〒460-0011 名古屋市中区大須3-1-76 大須本町ビル1F
052-251-551

地獄のレンガ運び①

またまた久々のブログ更新です。

先月の奈良での個展にお越しいただいた皆様、
ありがとうございました。
無事会期も終わり、ようやく箱書きまで終えてひと段落ついたところです。

さて、なかなか進まない、薪窯作りですが、
決して忘れることのないであろう、先日の出来事について書こうと思う。

2月の末のこと、
同期の西岡せんせいも薪窯築窯用に耐火レンガが必要とのことで、
二人で、某企業へ下見に出かける。
橘さんに教えてもらって、以前も中古の耐火レンガを買ったことがあったのだが、ここは、とにかく価格が安いのである。

値段は据え置き、だが以前買った時よりもずいぶん綺麗なレンガだった。
全てSK34で耐火度も十分。YMTという刻印。山岡にあるメーカーのレンガだ。
大きな買い物だったが、この状態でこの価格ならと、その場で二人とも5パレットづつ買うことに決めた。


数日後、朝早くからユニック車をレンタルし(わたしはオートマ限定免許しか持っていないので、トラックからユニック、フォークリフトまで全て運転は西岡さんに任せきりでしたが。。)、いざ運搬開始。総量10パレット。曽木と山岡へ5往復、夜七時前までにはトラック返却という予定組み。

弟子入り時代に免許まで取った経験者西岡さんの素晴らしく的確な運転で、
フォークリフトでの積み込みは難なく完了。ここまでは良かった。

まずは曽木の我が家にトラック到着。
一つ目のパレットを吊り上げ、
一段上がった土手の部分に下ろそうとしたのだが、

パレットを吊ったユニックが転回した瞬間、
事は起こってしまった。。

吊り荷の重さに引っ張られ、ゆっくりと車が倒れてくるではないか!

「うわぁ〜!!!」
西岡さんの絶叫が郷之木の谷に響き渡る。

もうダメだと思った。

トラックの荷台にもう一つ積んであったパレットも荷崩れを起こしドンガラガッシャン。重たい耐火レンガが無残にも散乱した。

一瞬、何が起きたのかわからなかった。
時間が止まったようにさえ思えた。

思い出しただけでも背筋がゾッとする。

しかし間一髪のところで、ユニックにつられたパレットが土手に引っかかったために、重さが分散されて、完全な横転は免れた。
まさに不幸中の幸いと言えるものだった。
荷台の近くにいたら、本当に危なかった。
西岡さんも車体のレバーでは無く、リモコン操作で少し離れて運転していたので事なきを得た。

結局、手作業で一つ一つレンガを降ろす羽目になり、散乱したレンガを積み直した。予定は完全に狂い、時刻はすでにお昼にさしかかっていた。

-つづく-