昨夜は三時に寝たが五時に目がさめた。髪の毛の様なかすかな声でノラがニャアと云った様に思はれた。空耳かと思ひながら耳を澄ましてゐると、もう一声同じ声で鳴いた様な気がしたので起き出して、勝手口を開けて見た。もう夜が明けた所で、そこいらに灰色の陰はあるけれど、どこ迄も見えるがノラはゐない。それから寝られず。
内田百閒 『ノラや』
霰降る荒天、キブシは今日も帰らない。
どこでどうしているのやら。
時折どこかでかすかに鳴いた様な気がするのは、
まさにノラを待ちわびる内田百閒先生の心持ちである。
ひさびさに『ノラや』を読み返してみて驚いた。
百閒の日記によればノラが失踪したのは、
3月27日の水曜日。
キブシが消えたその日と、曜日までもが奇妙に一致していた。
春先は行方不明の猫が増えるという。
どうか無事でいてくれることを祈る。
昨日は雨の中、郷ノ木から蘭仙まで、チラシを配って廻った。
誰かが、見かけてくれるといいけれど。